ぎりぎりまで部活をやってから、午後三時過ぎに病院まで迎えに行く。
 病室のベットに、見慣れたパジャマではない白いシャツにジーンズを履いた幸村が座って待っていた。
 普段太陽に当たっていない肌は、俺とは違って透けるように白く、顔色もそんなには良くない。
 私服になると、また線が細くなったように感じる。


 「晴れて良かったね」
 そう言ってにっこり微笑む。
 看護婦さんに丁寧に、挨拶をしてから出かける。



 横浜からJRで品川に行き、品川駅から東京方面の山の手線に乗った。
 昼間の土曜日の山手線はガラガラだった。
 空いていた三人がけの椅子に座る。
 電車は発車する。じっと幸村が向い側の窓を眺める。
 「楽しいか?」
「うん」
 幸村が頷く。
 「窓からの景色が動くのが面白い。
 病室の窓からの景色は、いつも同じだから」
 何でもないことのように幸村が言う。
 「あ、見た?今の看板。面白いね」
「見てなかった」
「そう、残念。また同じ看板通ったら教えるね。魚がジュースを飲んでたよ。なんだかちょっと、魚を虐めてるみたいだったけど。
 わぁ、凄い落書きだね」
 線路の脇の塀に沢山のアルファベットをモチーフにしたアートな落書きがされている。
 「あれだけ綺麗にデザインされた絵、描くの大変だろうね」
「そうだな。けしからん話だが」
「けしからん」
 幸村がたまに俺の祖父譲りの仰々しい言葉使いを真似してくすくす笑う。
 他の奴にやられたら殴り飛ばす所だが、幸村にされると何故だか嫌な気持ちはしない。
 「真田と一緒だと楽しいよ」
 幸村がしみじみと呟く。
 「そうか。良かった」
 冗談の分からない俺と一緒にいて楽しいなんて言ってくれるのは幸村だけだ。
 「でも、真田は退屈なんじゃない?」
 少し心配そうに幸村が聞く。
 「そんなことはない」
「そう?」
「丸井みたいにぎゃーぎゃーウルサイのと一緒にいるのは疲れるが、幸村とは一緒にいても疲れない」
「それは誉められてるのかな。
 でもブン太はいつも元気だから、一緒にいると楽しいよね。
 羨ましいよ」
 しみじみと幸村が呟く。
 羨ましいよというのが、病気になってからの幸村のクチグセだ。


 電車が止まる度に、体が揺れて軽く肩と肩がぶつかる。
 その度に、幸村は俺を見上げてにっこり微笑む。
 それで俺はとても幸福な気持ちになる。とても短いこの時間が、永遠に続いて欲しいと心から思う。