君の望みは、何でも叶えてあげる。
週に一度、リハビリを兼ねたたった数時間の外出許可が下りるのは大抵、いつも土曜日の午後。
行きたい所は何処にでも連れて行ってやると言っているのに、幸村の口にする望みはいつもとても質素だ。
本が好きな幸村は近くの図書館で、ゆっくり時間を掛けて丁寧に本を選び、分厚い本を三冊借りる。
図書館の本の返却期間は二週間だ。だから二週間に一回は、彼の望む行き先はバスですぐ近くの所にある図書館になる。
遠出が出来るのは図書館の本の返却日じゃない、二週間に一度の土曜日。
俺は毎回、何処にでも連れてってやるというけれど、それでも幸村の行きたいと口にする場所はとてもとても質素だ。
近くの土手を散歩したいとか、休みで誰もいない学校に行きたいとか。
気を使うなと言うんだけど、気を使ってる訳じゃない、と答える。
そして、君こそ退屈なんじゃない?とやっぱり俺に気を使う。
「来週は何処に行きたい?」
図書館からの帰り道のバスの中で俺はいつものように聞く。
「電車に乗りたい」
と幸村は静かに微笑んで答える。
バスの中は陽に溢れて明るく眩しい。
そういう時の幸村はいつもそのまま消えてしまうんじゃないか、と思う。
「電車に乗って何処に行くんだ?」
「ううん。ただ電車に乗りたい。
山手線を一周したい」
「山手線を一周?」
「この間、ブン太が来た時、山手線一周ゲームをしたでしょ?」
「ああ……」
退屈が苦手な丸井が、見舞いに来て、突然山手線一周ゲームをしようと言い出し、病室で騒いで、後でみっちり看護婦さんに叱られた。
「それで、山の手線の駅、あんまり知らないなって改めて思って。
多分、下りた駅のが少ないね。東京駅から池袋までの間しか多分、乗ったことがない。
その間でも僕が下りたことがあるのは、東京駅でしょ、品川でしょ、恵比寿、渋谷、原宿、新宿、池袋………くらいかな。真田は?」
「……山の手線か……。そうだなぁ……。大体同じじゃないかな。
あと、この間、練習試合でりんかい線に乗ったから、大崎で下りた」
「りんかい線。まだ乗ったことないや」
「あと、昔、動物園を見に、上野に行ったな」
「あ、忘れてた。僕も小さい頃、動物園に行ったことある。上野で下りたことある」
「あと、一回練習試合で、神田で下りたじゃないか」
「あぁ、そうだっけ。忘れてた」
幸村が小さく笑う。
「ふふふ。結構、下りたことあったね」
なんでもないことなのに、幸村がとても嬉しそうに笑う。
「山の手線の何処の駅で降りたいんだ?」
「ただ一周するだけで良いんだ。いつも乗らない、新宿方面とは反対周りで」
「せっかくの外出なのに、そんなことで良いのか?」
「良いの。良い天気だと良いね」
幸村がにっこり微笑む。