「ねえ、ちょこっとでいいから、キスしようよ」
 今日、僕はまたきみに言ってみた。きみはまた「ちょこっとでも駄目だ」と怒った。
「どうしてだよ、けち」
 僕は少し腹が立った。僕の気持ちがきみには、なんでわからないの?
 ふくれている僕を横目で見て、きみは困り果てたようにこめかみの辺りを押さえてうつむく。
「わかってるだろ……」
「なにが」
「ちょこっとじゃ、済まなくなるに決まってる」
 きみは下界のコンクリートとガラスの塔のほうへ目をそらした。あの場所であったことを、甘いくちづけととろけそうな抱擁と、身体の中を灼かれるような感触を胸によみがえらせて、僕はきみの横顔を見つめる。きみもきっと、今、同じことを思い出してる。覚えてる? あのとき初めてきみは言ってくれた。僕の耳元で、熱い吐息と一緒に。愛してる、って。
 愛してる。
 それをどうしても伝えたくて、僕はベンチの上できみの手をとって握った。きみは黙って僕の手を握りかえしてくれた。それだけで、僕の心は満たされる。きみの困り果てた顔を見てるうちに、だんだん変なことまで思い出してきて、おかしくなって笑い出してしまった。
 僕がいきそうになってヤバげな声を垂れ流したときに、きみが焦って手で口をふさいだこととかね。あれはひどかった。鼻までふさぐから窒息しそうになったよ。
 きみは「笑うな!」と言って頬を染めてた。同じことを思い出してたのかもしれない。


 いつか下界を、きみと手をつないで歩きたいな。そして、暖かい日差しの下でキスしてみたいな。
 きみはきっと、そりゃもう、怒るだろうけど。
 でもきみに、僕の愛をみせてあげたい。僕がこの世にいる間に、ありったけ。
 少なすぎる思い出を抱いて眠りにつく。夢で逢えたら、抱きしめてね。